2週間と2日、駆け抜けてきた出張も、
いよいよ、終わり

ベルリンへ移動してきた日
すでに連絡をとり、取引をすることを決めた作家さんに、
会いに出かけた

 

わたしとほとんど年齢の変わらない彼は、香港の出身
高校の頃にノルウェーに、
香港の大学の在学中には、アメリカに留学し
卒業後はイタリア資本の革メーカーで働いて
そして、5年前からはベルリンにいる

作品とメールの印象通り、とても愉しい人で
2時間が、本当に一瞬で過ぎた
すごい、間違ってなかったな、
間違うはずもないけど、と、しみじみ

たくさんのキーホルダーをテーブルに並べ
ものづくりの話、彼の人生の話、
そしてわたしの店と人生の話
こうして、たくさんの言葉とともに仕事ができるというのは
つくづく幸せなことだ


彼が、ノルウェーやドイツに移住することになったのは
もともと行こうと思っていたわけではなく、
たとえば、その国にパートナーがいたからでもなく
ただ、そこに自分を受け入れてくれそうな場所、
つまり、学校や会社があったからで
まったくの偶然だったそう

けれど、結果的に
それが彼にとっての最善だった、
と、いうより最善になるようとても努力をしたのだろう、と
彼の話を聞いたり、作品を見ていると、思う
身ひとつで、能動的に、柔軟な選択をするということ
そしてそこで研鑽を積んで、居場所を確実にするということは
そんなに簡単なことじゃない

いま、彼のブランドの名前には
ベルリン、の文字が入っている
彼が選んできた道、
これからも生活をつづける、町のことを
その文字をあらためて眺めながら、思った

 

それにしても
君はヨーロッパ人みたいに仕事をするんだね、
日本の人と話している感じがしないよ、と
彼に言われて、驚いた
はじめて言われたなと思ったけれど、何のことはない、
わたしの取引先は、日本で唯一の仕事相手がわたしということも多いので
日本の仕事の仕方をよく知っている人と、仕事で会うのは
これが初めてなのだった

わたしは、日本の店で働いた経験もあるけれど
たしかに、仕事のモデルにしているのは、
イギリスの、いわゆるindependent store
取引先もイギリスに多く、彼らに倣っているので
どうしても、そんな感じになるんだろう


彼は、イタリアのメーカーに勤めていた頃
短期間、日本で仕事をしたこともあるそうだ
そしてつい先日日本に来た際には、
自分の作品を扱ってくれないかと、何社かを訪ねたらしい

結果的に全部断られたけどね、でも驚いた、
皆すっごく礼儀正しいんだけど、
その場でものごとが何も決まらないんだ、と言うので
思わず笑ってしまった
たしかにそれがきっと、日本のいいところでありよくないところで
裏をかえせば、そうでないところが、
わたしの小さな店の強みでもある

吹けば飛ぶような立場だけれど
だからこそ、ヨーロッパのこういう業種の人のように
いつだって軽やかに仕事をしていたいし、
それを、情報や、スピード感や、価格に反映させて
確実にお客さんの得にもできればいいな、と
彼と話していて、あらためて思った

 

また、こういう人と出会えて
ほんとうに、幸運

きょうはフライト前で時間がなかったけれど、
次回は、一緒に街を歩こうね、と
約束して、別れた


仕入れをはじめて、2年5ヶ月
店をはじめて、7月末で、2年になる
まだまだひよっこだけれど、それでも
こうして、すこしずつ着実に、
わたしの世界は広がっている

もっともっと、今以上に
生き生きと、わたしなりの仕事がしたい

そう、何度も思った
よい出張だった

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Berliner Fernsehturm
この塔のある風景は、いつも、
ベルリンへ来たという実感をくれる

空気を思いきり吸い込み、
勇んで、歩きだす
さあ、出張の最後はこの国、ドイツだ

 

着いて数時間で出会った、
可愛らしい革のキーホルダー
そのデザインとしっかりとしたつくりに、驚いた
とくべつ技術のある人が、
ひとつずつ丁寧に作っているものだと、ひと目でわかる

すぐに、作家さんご本人に宛てた長いメールを書き
そして、すぐに、色よい返事をもらった
火曜に会う約束もして、まさにトントン拍子


相手と誠実に付き合っていきたいからこそ
いつも、慎重に時間をかけて考えるわたしだけれど
ものが、なによりも雄弁に人となりを語る、
こんなことも、ある

ああ、これは今だ、と感じて
スッと手を伸ばす
こういうことも、あるのだ、たしかに

 

出張の後半は
どんどん、眠る時間が短くなる
こちらですでに会った人たちからも、これから会う人たちからも、
日本のその他の仕事関係の人たちからも、そしてお客さんからも、
とにかく、沢山の、本当に沢山のメールが届くからだ

それでも、ドイツに来ているときは、
毎晩、ドイツ語の勉強に、かなりの時間を割く
わたしの仕事には、すこしでもマシなドイツ語が要るので
ひとつでも多く単語やフレーズを覚えて、使うため

つらいときもあるけれど、必要なことで
これが大切なルーティー


言うまでもないほど当たり前のことだけれど、
ひとの時間というのは、どうしたって、1日24時間だ
そしてわたしは、仕事とこういう勉強のほかに
読みたいものを読む時間、
こうして、他愛ないことを書く時間、
自分のなかにあるものを検分して、考える時間を取らないと
わたしではなくなってしまう
(それに、だらだらもしないと生きていけない)

大量の情報が流れ込んでくると、ちっとも処理できないわたしには
欠陥があるのだと、ずっと、思っていた
けれど、時間が限られている以上、
ひとりの人間が咀嚼できる量というのはそもそも多くはないはずで
自分のことを見極めて、やりかたを研いでいかないとな、と
近ごろは開き直りはじめている


さてさて
こうしてまた、のんびりと書き連ねていたりするけれど
明日は朝早くから仕事、そして宿の移動もある

ドイツ語のつづきをやって
今夜は、はやく眠ること

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天気予報が外れ、快晴のバルセロナ

地下鉄を乗り継ぎ
行ったことのないエリアへ
どっしりとした複合ビルに、たどり着いて
5階へ上り、呼び鈴を鳴らす

出迎えてくれた女性が、わたしの名前を呼び
明るく招き入れ、右手を差し出してくれる
はるばるスペインまで来た理由のひとつは
はじめて見る、この人の笑顔

 

スペインの取引先というのは
実は、いまのところは、1社しかない
単純に、スペインは専門外だからなのだけど、
昨年の春夏は、どうしても明るいものが店にほしくなり
“夏休みのようなもの”ということでいいかな、と思って
この会社と、取引をすることにした

そうして扱いはじめた、彼らのものは
ブックマークを筆頭に、とてもよく売れている
それで継続してやっていけることになり、
こうやってバルセロナまで会いに来れることにもなった
本当にありがたいことです

続けていける、というのは
実は、想像以上に幸運なことなのだ


彼らは、うちの取引先にしては大きく、6人のチームで
きのうは、デザイナーの男性とマーケティング担当の女性、
いつもやりとりをしている販売担当の女性の3人が
わたしをあたたかく迎えてくれた

コーヒーを飲みながら、さまざまな話を聞き
こちらも淀みなく、いまのそれぞれの売れ行きや意見などを話す
こうして時間を取ってもらう以上、
ちゃんと、彼らの役に立ちたいのだった


これまであまり扱っていなかったノートが、どれも素敵で
わたしの店ノートが多すぎるんだけど、どうしよう…と呟くと
ノートっていうのは個性があるからいいものだよ、
それぞれ使い道がまったく違うんだ、と言われ
たしかにそうねと、笑う
さすが、ノートを8型、全部で38デザインも出している彼ら
言葉に重みがあるな

あっという間の
密度の濃い、1時間

 

午後は、販売担当の女性が
彼女のシエスタをまるまる使い
昼食に連れていってくれ、街を案内してくれた
殺人的に美味しいタパスをふたりで分けながら、
彼女は、涼しい顔をして白ワインを飲んでいた

思っていた通り、快活な優しい人だった彼女は
ペルーの出身だという
それはメールでは話していなかったから、すこし驚いた

高校まで居たリマを出て、バルセロナの大学に進学し、
その後、ヨーロッパのあちこちを転々として
また、この街に戻ってきたらしい
ばかみたいな質問かもしれないけど、バルセロナは好き?と訊ねると、
好きね、バルセロナは一言でいえば均一で、
どの場所もバルセロナ以外の何でもなくてちょっと退屈ではあるけど
でもそんなところがいいと思うわ、と、笑って答えてくれた


仕事のこと、素敵なものや好きなもののこと、
わたし達がこれまで暮らしてきた町々のこと
飽かずに話した、シエスタの3時間

きっと、ちょっとだけ、お互いの人生のことを思って
じゃあまたねと当たり前のように言い合って、別れる
心地よい時間だった

 

スペインに来ることを決めたとき
実は、迷っていた
さっきも書いたけれど、スペインは専門外で、
深入りしていくのはよくない気がしていたし
バルセロナのその会社は、基本的には販路をどんどん広げるという方針で
わたしとは合わないのでは、
いつか取引ができなくなる日が来るかもしれない、と
不安に思っていたということもある

けれど、実際に来てみると
バルセロナでもマドリードでも、予想よりずっと実りがあった
取引先を増やすかは、これからゆっくり考えるけれど
たくさんの人と顔を合わせて、話したいこともしっかりと話して
あらためてここで人との関係をつくる、一歩になった気がする


たった3日の弾丸スペイン
でも、来てよかった

実は取引先の彼らには、つぎは9月に、パリで会えるけれど
もっともっと、経験を積んで
また、バルセロナにも来られるといいな

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夕暮れをゆく列車

スペインの色彩は、ほかのどことも違っていて
絵具を塗り重ねたようなその厚みに、
何度でもはっとする


この国を旅するのは
これで、おそらく6度目
バルセロナマドリード近郊はもちろん、アンダルシアからバスクまで
これまで、本当に、たくさんの町を訪れてきた

豊かな情緒、美味しい料理
土の匂いと、勢いよく転がるような言語
スペインはいつだって、とくべつな旅先だ

 

今回は、取引先を訪問したかったのと
何人か、会ってみたい方もいて
はじめて、仕事でくることになった

シエスタの長さに惑わされながら
きのうはバルセロナ、きょうはマドリードを歩いた
普段は感じられないものを、たっぷりと感じた
この色彩も、そう 

 

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仕事で、言葉がまったくわからない国に来るのは
あまりないことで、緊張する
けれど、もともとスペインの商品というのは
うちの店にとっては、異質なものなわけで
“外部から来た”という感覚をくっきりと保っておけるのは、
これはこれで、良いのかもしれない

エネルギー溢れる人たちに会って、さまざまな話をした
会った人たちがそうだったからなんだろうけれど
バルセロナも、マドリードも、
以前よりもスタイリッシュな印象に、変わった

何度も訪れている町だったとしても
見方が変わり、たとえ少しだけでも、新しいことを知れる
これだから、出張はおもしろい

 

実はバルセロナは、前回来たのは
ルンドでの留学中、6年前の冬だった

いよいよ追い詰められていた頃
授業がすべて休みになった1週間、
大学寮に、ルンドにいるのが、たまらなく辛かった
地中海が見たい、と、いくつかの行先を探し
いちばん安かったバルセロナに飛んできたのだった


バルセロナ、シッチェス、ジローナ、フィゲラス
訪れた町々は、どこも自分からは距離があり、でも温かくて
1月のカタルーニャは、濃く、明るく、
沈んだ心のうえに、あざやかな色をのせてくれた

ルンドに戻ってからも、それは消えることなく
ようやく、秋からの積み重ねが実ったこともあって
2月以降、わたしはすこしずつ大学が楽しくなった
スウェーデン語が以前よりも聞こえてくるようになり、
3時間のディスカッションにも、5時間の試験にも
つらいつらいと言いながらも、怯まなくなった


すべてがあの旅のおかげというわけではなくても
この場所には、ほんとうに感謝している

旅というのは、こんなにも、
気持ちを塗り替えてくれるものなのだと
わたしは、カタルーニャで知ったんだよ

 

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今回は、バルセロナで昼間に時間があいたので
電車で30分のシッチェスも、訪れた

地中海と小さなシッチェスの街は、
あの頃となんにも変わっていなくて
なつかしいような気もしたし、
ずっとこの場所を心の隅っこで見ていたような気もした


相変わらず、わたしは
強くいられないこともあるけれど

こうして時間がたって、仕事を持って
お礼参りのような気持ちで、また訪れる場所があることに
ちょっとだけ、胸を張りたいと思うんだ

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1930年代の指輪
試しにはめて、もう外したくなくなる

自分の手もとに置いておきたいものが多すぎるけれど
そういうわけにもいかないのが、この仕事

 

ロンドンでは
毎日、何人ものディーラーに会っていた
初日は休みだったものの、以降はいつも以上に忙しく
ずっとものを見つづけ、夕方にはエネルギーが切れる日々

バイイングをはじめて2年以上が経ち
仲のよいディーラーさんも、ずいぶん増えた
最近は皆、ストックを裏から出してきてくれたり
わたしの好きそうなものをよけておいてくれたりするので
以前より、いいものが見つかりやすい


はいイヤリングだよ、などと渡された大きな箱から
ひとつずつ袋を出して、検分
一日で見るジュエリーの数は何千にもなる

そのうち、買うものの数というと
わたしの場合、たった数十点なわけで
そう考えると、なかなか難儀だけれど
これはまあ、こういうものだから


これだけの数を見ることができるのも、買うことができるのも
ほんとうに幸せなこと
ディーラーさんにもお客さんにも恵まれないといけないので
こういう仕事の環境は、
実は得がたいものだと、よくわかっている

報いることができるように
しっかり集中して、特別なものだけを
つかまえたいと、いつも、思う

どうか、そうして選んだものが
誰かの“ちょっといいもの”になりますように
願いは、それだけ


それにしても
今回は中国のバイヤーさんと一緒という機会があったけれど
中国の方は本当にすごいな、一切迷いがない

これとこれとこれと、と
凄まじい数を、凄まじい速さで即決していくので
おぉぉー…と、思わず見とれてしまった
資金力ももちろんあるのだろうけど、
自分の仕入れにも、絶対に売れる、ということにも
自信がある人の目と手つき

わたしは、小さな店だから、
とにかく厳選したものをと思っているので
あの速度であの数を買うことは、まずないだろうけど
それでも、格好いいと思った
自分の小さな店のためだけれど、
わたしも、プロのバイヤーでありたいものです

 

 

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ロンドンは今年も、いたるところで
ジャスミンの花が咲いていた

昔は強すぎて好きじゃなかった、ジャスミンの香りを
いまは纏いたいとさえ思うのは
きっと、この街を愛しているから

 

さて、今度は
バルセロナに飛んできた
仕事で訪れるのは、はじめてだ

明々後日は、取引先の女性が
街を案内してくれることになっている
また違うものを見ることができそうで、とても楽しみ

よい滞在になるように
めいっぱい、がんばらなくてはね

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朝のうちに、溜まっていたデスクワークを済ませ
セント・パンクラス駅から、北方面の電車に乗る

一年半ほど取引をしている作家さんに、会いに
レスターという町へ


彼女の作品に出会ったのは
大学の近くの、馴染みのインテリアショップだった
ほかの誰にも似ていない柄ゆき、色づかいに
文字通り惚れ込み、連絡先を調べた

展示会などに出ていない彼女とはなかなか会えず
やりとりはいつも、メールで
それでも、文通をするように色々な話をしてきたから、
素敵な人だということはわかっていたけれど
一度、ちゃんと会いたくて、
レスターまで出かけていくことにしたのだった

 

彼女は、やっぱり
一見してそれとわかるほど素敵な人で
まるで、本当に、長く文通をしていた友人にするように
わたしを迎え、レスターを案内してくれた

ものを作るときにお世話になっているという人たちのところを巡り
スシ・レストランで、店主とお喋りしながらお昼を食べ
(本当に美味しかったので驚いた、横浜で修行をしたのだそうだ)
アトリエのある建物の仲間たちにも紹介してもらった

彼女のパートナーまで、職場が近いからといって、
わざわざ挨拶しにきてくれたのには笑ってしまった
彼女も、たしかにここで食事をするって言ったけどまさか来るなんて、
へんな人だと思った?ごめんね、と言って笑っていた

なにもかもが、あたたかくて
なにもかもが、うれしかった
特別な時間


引っ越して間もないというアトリエは、
美しい色柄の作品で、いっぱい
これまで実物を見たことがなかったものもあって興奮し
あれもいい、これもいいと騒ぐわたしに
彼女はひとつひとつ、説明を加えてくれる

わたしも、自分の店での売れ行きなど
柄や色ひとつひとつについて、包み隠さず話をする
卸してそのままというのが嫌だといつも話している彼女は
真剣に頷きながら、わたしと一緒になって考察をしていた


その場でオーダーしてもいいと言うので
歩き回り、あらためてものを見ながら、考える
こんな色も作ってるんだ、かわいい、と布を手に唸るわたしに飛んでくる
柄をもうすこし小さくしてティータオルにもできるわよ、という
魅力的すぎる提案

ノートの柄で悩んでいれば、
それに合わせるならこれはどう?きっと好きだと思う、
よかったらこの柄でノート作ってみるけど、と
ラッピングペーパーを持ってきてくれる
これではもう、ほとんどオリジナル商品
こんなオーダー風景、なかなかあるものじゃない

それもこれも
彼女が、ふだんから細やかに仕事をしているから
その姿が眩しくて、
ああ、ここに来てよかったと、思った

 

ビジネスをあまり大きくしたくないのだと、彼女は言う
レスターの人たちだけに頼んでいいものを作り、
そして自分の考え方を尊重してくれる人に預けたい
売れればそれでいいとは全然思っていない、と

だからマーケティングをしていないの、
ここで誰かが来てくれるのを待ってるだけ、
そう言って彼女は、茶目っ気たっぷりに肩をすくめるけれど
そこには、強い強い意志がある

“よく売れるものを売るという人も多いけれど
あなたは自分が本当に好きなものを売っているでしょう、
よくわかる、わたしはそういう人と仕事がしたいから”
信念のもとに立つ彼女のその言葉は、わたしにとって
これからを支えてくれる、最高の褒め言葉だった


結局、たっぷり4時間
止まることなく、話し続けた

価値観を共有できる人のものを扱っている、というのは
お客さんには、必ずしも伝わらなくていいけれど
それでも、わたしには重要なことだ


駅まで送ってもらう車のなかで
あなたが仕事でいちばん大事に思っていることはなに?と
そっと訊いてみた

彼女は、passionよ、
あなたは?あなたもきっとそうでしょう、と言って
こちらに視線を投げ、やさしく笑った

 

誰かと一緒なら
大切にしたいことを、もっと大切にできる
信じたいことを、より迷いなく信じられる

どうか、彼女にとって
彼女が生み出すものものを愛して遠い国で売る、わたしも
そんな誰かでありますように
本当に、そう願っている

今年二度目のロンドンは
初日の仕事が、なくなってしまって
強制休みでのスタート

あまりに幸先がよろしくないので
さすがにちょっと落ち込むけれど、しかたない
どのみち、あとは明後日以外は、
ぎゅうぎゅう詰めのスケジュールなのだ


時差ぼけで、5時ごろには爽やかに目覚め
開店と同時に近所のカフェで朝ごはんを食べながら
どこへ行こうか、考える

雲ひとつない青空を見上げ
こうでもないと、なかなか行けないところ、と
すっきりと心を決めた 

 

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大学生だった頃は
年間パスを持っていた、キュー・ガーデン

あちこちの国の、あちこちの植物園、
そしてあちこちの温室を制覇し
考えごとをしたいときには温室、というわたしだけれど
ここは特別のなかの特別だ


伸びやかな植物の、濃い匂い
優雅だけれど鬱蒼とした、整うこととは無縁の空間

螺旋階段を上って
茂る葉を、そのさまざまな形を、眺める

木と同じ高さのそこは、下よりもさらに濃く、
夏の雨のあとのような葉の匂いがする


どうして、温室を特別に思っているのか
言葉にするのは本当にむつかしいけれど

この匂いと、水を含んだ空気、重なる緑らしい緑の植物は、
静かに呼吸をして眠る大きな生き物のようで
優しく、でも、有無を言わさぬ迫力があって
わたしはそのことに、いつもなんとなく安心するのだった

 

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あれこれを、すこしだけ
分解して、収めるところに収められたような気がする

春というより初夏の、明るい陽を浴びながら
あしたからのことを、思った
美しい数時間だった