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仕事場を出るとき
ちょうど向こうも帰る準備をしていたお隣さんに、
お疲れさまです、と、声をかける

お疲れさまでーす、と笑顔が返ってきて
あっ待って小夏たくさんもらったんです、という声とともに
いったん奥に引っ込む

冷蔵庫から出してくれたふたつの小夏は
ひんやりと、手に収まって
名前の通りの夏の香りがした


家に帰り、ひとつめを
思わず、蜜柑のように手でむいて食べる
そういえば、これはこうして食べてはいけないんだった、と
ふたつめはナイフでむいて、切った

なんでもない夕方の風景
この数ヶ月のことがうそみたいだ

 

きょうは、ずいぶん前にスペインから来ていた荷物を
ようやく本格的に、片づけた

仕入れとメール対応をはじめとした、日々の仕事だけで
いまのわたしは、それなりに手いっぱい
それでお店にお客さんが来ないとなると、つい
届いたものをざっと検品だけして放置してしまうので、いけない

栞、ペーパーベース、新商品のノート
きちんと数え直し、インボイスを見ながら在庫数を上げ、
ものを仕舞う場所を探して、箱をたたむ
さんざん放ってきたのは自分なのに、
大きな箱がなくなると、スッとする


最近は、仕事場で作業をしながら
これまでにお店で出会った方々の顔を、たびたび浮かべている
もちろん、お客さんはお客さんだけれど
ひとりで店に立つわたしにさまざまな言葉をくれる、
やさしい人たちに、ここで出会ってきた

ごく普通の店でありたいと願っているから
その方がどういう方かをわたしが覚えていることで、
接客がどうしても親しくなってしまうことがあるというのは
あまりよくないと、ずっと思っていた
でも、店を閉じて、人と会うことができなくなって
楽しく言葉を交わせていたことが
その方々が相手だからこその時間を持てていたことが
どれほど幸せで、日々の糧になっていたかを知った


あちこちからいらっしゃっているから
当分お会いできない方も多いんだろうなあ
いつかまた、顔が見られる日がきたら、
自分が店の人であることを忘れ、喜び満面になりそうで怖い

とにもかくにも
そんな日が、はやく来ますように、と
いまは、ただ、祈るだけ

“人は時があまりに早く過ぎ去ることを嘆くが
それは違う

時は十分すぎる時間をかけて
移ろうことを知るべきである

我々は天から授かった力によって
遠い記憶を眼の前に感じることが出来るのだから”


日曜美術館』、ルーブル特集の最後に出てきた
レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉

録画で全部を見終わったあと、戻して
母とふたり、書き写した

救いになるね、これを胸に生きよう、と
言い合ったことを、きっと忘れない

 

“Nothing in life is to be feared,
it is only to be understood.
Now is the time to understand more,
so that we may fear less.”


マリ・キュリーのこの言葉に出会ったのは
2010年夏、ロンドンで暮らしはじめた日だった
大学と寮の近くにある、大英図書館の外壁に、
ポスターとして貼ってあったのだ

なにもできなかったわたしの
不安だらけの船出の日
ポスターを見上げながら、わたしは、
この言葉を胸に生きていこうと決めた


2度目の大学生活を、なんとかかんとか終えて
日本に帰ることを決め、自分で仕事をするようになり
あの頃よりすこしは理解できることが増えたけれど、
今のわたしは、以前よりたくさんのことを恐れている

そのうちのひとつが、時間
ダ・ヴィンチの言葉は、そんなわたしに理性をくれるものだった

 

言葉を信じている
信仰、と言ってもいいほどに
わたしは信じる言葉を心の真ん中に据えて、
なんとか立っていよう、進んでいこうとする

マリ・キュリーの言葉に
こんな風に理性的で、果敢な人でありたいと思った日から
ずっと、その強い気持ちに守られてきた
なんだか、ひとごとみたいな言いかただけれど、
実際、言葉への思いは、
今こうして考える“わたし”の範疇を超えている


時は、十分すぎる時間をかけて、移ろう

これから、時間をかけて
その意味を知っていけたらいい

この言葉が、わたしの前に現れてくれてよかったと
振り返る日が、きっとくる

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雨上がり
夢のなかにいるようで、そわそわするわたしをよそに
ばらは、おおらかに咲いていた

 

美しいものを前に、
ときには千切れそうな痛みを感じていたり
本当に発したい言葉は、結局書けなかったり

たとえばツイッターでは、
伝わらないことが、沢山ある
言葉にしていないのだから、当たり前で、
それはそれで、いいと思う

いつもいつも何かを伝えなくてもいい
消極的にではなく、選んで、そう思っている

 

簡単ではなくとも
できるだけ多くのことを、遠くの人を、想像したい

苦しくて苦しくて
なにが苦しいのか何時間もぐるぐると考えて
たくさんのことを書いて、消して
それで、残ったのは、この薄っぺらい2行だけ

だけど、ドロドロの苦しみを遠心分離器にかけたら
この2行とそれ以外になったってことだ
わかってもらいたい、よりもなによりも、
こうありたい、が、強かったってこと

 

話がバラバラ、自分のための覚書のような感じで
でも、まあ、こういう日があってもいい
もともと、端切れを毎日というのがコンセプトの日記で、
だからここはこういう形式と文体にしたのだった
(もう忘れかけているけれど)

テキストエディタと静かに向き合うことが
やっぱり、わたしには必要なんだな

とにかく、きょうはすこしでも眠って
また、あした

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藤が終わり、花水木が終わり、
ついに、躑躅も終わりに近づいた

毎日、欠かさず短い散歩に出ているから
今年は、花を瞬間的にではなく、
ゆるく繋がった時間のなかで楽しめているような気がする

育ったまちの美しさを
ぼんやりと確かめる、春

 

5月15日に、日本にいるのは
なんと、2010年以来、10年ぶりのことだった
留学中は5月といえば試験期間だったし、
帰国後は、毎年外せない仕事のためロンドンにいたからだ

実は、その仕事の日程がズレていたので
今年はもともと、この日はここにいられるはずだった
毎年、葵祭に後ろ髪を引かれに引かれて旅立っていたから
本当に楽しみにしていたのに、
まさか、行列が中止になるとは思わなかったよ


来年の5月15日はどうしているだろう、とふと思って
頭に、心に、空白が広がる
想像もつかない、でも考えなくてはいけない、来年のこと

たった1年先が、果てしなく遠くに感じて怖い
その一方で、気がついたら来年になっていそうで怖い
わたしは後者のほうがより怖いかもしれないな

 

今週は、とある取引先とずっと話を詰めていて、
そして、大きな注文を入れることに決めた

この時期に、大胆といえば大胆だけれど
いまが厳しい取引先にとって、それなりの収入になるだろうし、
そもそも、多くのお客さんに愛してもらっている商品で、
在庫も全柄少なくなっているので、これでいい


その、小さなテキスタイルの会社を創業した女性は
若手デザイナーの発表の場を作ることを目指している
一緒に製品としてのテキスタイルを作り上げ、
販売したものには1メートル単位で、ロイヤリティを支払う仕組み
つねに賢くやさしく、話をすればするほど格好よくって、
あんな風にありたいと憧れる人のひとりだ

彼女の会社が長く続くよう、遠くから微力でも支えたい
こんな会社もあるのだと、お客さんに知ってほしい
そう、いつも思っている

それにしても、製作チームから
仕事は再開したものの、少人数で回しているので
納期はいつもより長い10週間、という連絡が来たけれど
はてさて、3ヶ月内に送ってくれるだろうか
届く頃には秋になってたらどうしよ

 

手のなかにあるものを、極力こぼさないように
今、ここで、のことに注力してきた
だけど今度は、躓かないように、数歩先を見るときだ

すこしだけ、想像を広げていく
なるべく遠い未来へ

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欅の並木

いつもは、時間帯によっては車が通るけれど
いまは車用の門が閉じられ、通れない
けれど、歩道はいつもと変わらず開けられているので、
それをいいことに、ひっそりと散歩に来ている


きょうは、広々と車道を使って
キックボードをしている姉弟がいた
はしゃぎまわる様子がほほえましくて
もしかしたら彼らにとって、この期間は、
キラキラした思い出にもなりうるのかもな、と思った

わたし自身にとっても、そうかもしれないと
ようやく、大きすぎる衝撃から回復してきて、思う
こんなこと、起きないほうがよかったけれど、
それでも、この期間を切り取った、どこかの一瞬は
慈しみながら思い返す、美しいものになりうる、と

見上げた欅の緑と、灰色の空
こういう風景も、いつか

 

心持ちがずいぶん変わってしまった、と
絶望にも似た気持ちでいたけれど
いま振り返ってみると、このふた月のわたしは仕事となると
不安定な精神状態だったはずが、きわめて冷静に次々手を打っていて
そういうところが、本当に自分だなと思う

3月からずっと、大きなことから小さなことまで、
数えきれないほどの選択をしてきた
そもそも、うちみたいな零細でも、経営はそういうものだろうけれど
さすがに、選ぶことに疲れきった今、
これまでのがんばり貯金で、すこし心を休めることができる


言葉や、思考を
なんというか、代謝がいい状態に戻したい
この日常ではない日常のために
その後に否応なくつづいていく日々のために

抱えているあれこれは、そのままでいい
慣れたくないことには、慣れなくてもいい
だけど、たくさんのことを考えつづけるために、
ちゃんと、呼吸をしないといけないのだ

5月の、残りの3週間で
リハビリができると、いいな

 

歌詞のある曲を遠ざけていたけれど、
すこしずつ、復活


だけど、とにかく
いまは心が落ちつく音だけが聴きたい
Spotifyにプレイリストをつくり、
すこし遠くで鳴っていてほしい曲を放り込んでいく

普段からよく聴いているアーティストの
とくに、調和していて、穏やかな曲ばかり
馴染みのある声を聴くことができて、
かつ、ざわざわと不安になる音がない曲だけを、選んだ


Stay alive、とタイトルをつけ
一瞬考えて消し、Stay calm、と書き直す
タイトルも静かなほうがいい

結局、ほとんど、
追加した順番のまま、変えなかった
なんとなく、ひとつの話のようだったし
気持ちの起伏に合っていたからだ


これまでにないプレイリスト
愛用のスピーカーを、きちんと充電して、
きちんと、広がる音で、聴いた

音楽に明るくないわたしでも、
やっぱり、音楽が必要

 

Avec - Still
Meadows - The Only Boy Awake
Molly Parden - Sail on the Water
Luke Sital-Singh - Lover
Billie Marten - As Long As
Matthew And The Atlas - Palace
Laura Marling - Nouel
José González - Open Book
Of Monsters and Men - Slow And Steady
The National - Light Years


あまりに個人的なものだから
ここで紹介するのも違うかな、とは思ったし
好みも、音楽を聴いて生まれる感情も、それぞれだと思うけれど
わたしと同じように、いまは穏やかな音を求めている方が
聴きたい曲に出会えることが、もしかしたらあるかもしれない
そうも思ったので、リストと、
YouTubeのリンクを置いておきます
(もし、読み込みが遅かったらごめんなさい)

皆さんに、すこしでも
やさしく、穏やかな明日があるように
ほんとうに願っています

 

 

 

 

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十数年来の友人たちと
楽しみにしていた、オンラインお茶会

携帯の小さな画面が6分割
ちょっと見づらいけれど、
やっぱり、顔を見て話ができるのは嬉しい


うち2人には、それなりの年齢の子供がいるので
LINEのフィルターを勝手にいじったり、
話に参加してきたりするので笑ってしまった
誰かが定点観測カメラのようになる時間もあったりして、
それぞれの日常が、ふと繋がったという感じだった

すこし前まで想像していなかったけれど、
こういうのも、けっこういいものだね


それにしても
メイクをして、気に入っているブラウスを着ると
それだけですこしは、しゃんとした気持ちになる

近ごろは、仕事もほとんど家でやっていたし
外出時も塗るのは日焼け止めだけで、運動着に近い服装
それはそれで気楽なものの、
ぴんと張っていたい何かを失っていた気がするな

 

店に出る日常も
楽しみにしていたゴールデンウィーク
毎年この月にかならず入っていた出張も、なく
わたしの毎日は、あいかわらず、
なんとなく区切った、細切れの時間をつないで
なんとか続いている感じだ

ずっと、ぼんやりと悲しい状態のまま
自分で自分に課したあれこれをひとつずつこなし、
きょうみたいな予定を待ったりして
とりあえず、ひとの形を保っている

慣れたくないと拒否している、この状態にも、
否応なく慣れたりするんだろうか


新しい生活様式、というフレーズを
目にすると、どうしようもない気持ちになる
その様式下では、これまで大事にしてきたことを失うかもしれない、
そういう人間も、ここにいる

店としては、それなりに順応していくため、
いま、様々なことを考えているけれど
形を変えるのなら、これまでわたしがやってきたことは何だったのか
この先、わたしだからやれると言えることは何なのか
もっと、時間をかけて考えたい

うちを選んでものを買ってくれる人たちのために、
わたし自身のために

 

まあ、そんなことをつらつら書いているけれど
できることをやるしかないよねえ

まずは、連休らしくない連休を
気力を保てるように、過ごすこと