夕方、部屋に戻ったとたん
けたたましいアラームの音

原因が自分の部屋ではないことを一応確認してから、
ゆったり着替え、近所での買い物に必要なものを揃えて外に出た
火災報知器に慣れすぎるとこうなる

外では、ふたつ隣の部屋に滞在している女性が
ベーコンを焼いただけなのよ、ちょっと煙が出たら鳴りだしたの、と
申し訳なさそうに、でも結構面白そうにして話していた
人が集まってくる様子が、なんだか懐かしくて
買い物に行くのが惜しくなり、話の輪に加わった


すべての建物がそうだとは言えないにしても、
ロンドンでは、とにかく火災報知器がよく鳴る
住んでいた頃はここを、
“雨と工事と火災報知器の町”と呼んでいたくらい

大学の初年に住んでいた寮では、
夜中にしょっちゅうアラームが鳴って叩き起こされていた
ふたつの建物がひとつの敷地にある大きな寮で
変な時間に料理をはじめて煙を出す人も多かったのだ

消防車が来るまで、全員が中庭で待たなくてはいけなかったから
パジャマにパーカーとコートを羽織って外に出て、
誰よこんな時間に料理したの、とぶつぶつ言いながら
寒いなかお酒を飲んだり、踊ったり、ゲームをしたり、
誕生日の子にバースデーソングを合唱したりした
いま思えば、あれも、
ロンドンの学生らしい時間だったのかもしれない

いまも、その寮の前を通るたびに、
パーティーみたいだった深夜の中庭のことを思い出す
生き生きと、まるできのうのことみたいに

 

ロンドンに移動してきてからのこの数日は
トラブルにトラブルが重なった、という感じ
それに加えてすさまじい暑さで、
もう、ただただぐったりしている

だけど、この町はもともと
わたしにとっては小さなトラブルの寄せ集めのようなところ、
と、そこまで言ってしまえば角も立ちそうだけれど
自分の大学生活を振り返ると、まあそんなようなものだ
そもそも、留学生活の最初からして、
何度問い合わせても寮を割り当ててもらえなかったわたしは
家のない状態で渡航したのだから


それでも、それなりに長く学生としてここで過ごして
ロンドンのほかにはない楽しいところを、
美しいところをたくさん知っている

そして仕事をするようになった今は、あの頃よりもっと、
この町に鮮やかさや頼もしさを感じるようになって
大抵のことはそれで許せてしまうのだ

 

まさに、その、家がなかった留学生活の初日も
きょうみたいに、とても暑い日だった

まだオリンピック前で、Eustonの駅前は、
いまよりはるかに雑然として、あまりきれいじゃなくて
そこに唐突に現れた移動遊園地が場違いで可笑しく
その、上下に運動するやたらポップな遊具を見上げながら
これからきっといろんなことがあるんだろう、
なにがあっても笑い飛ばしてゆきたいな、と思った

あれから長い月日のなかで
実際には笑い飛ばせないこともたくさん経験して
なんやかんやで無事に大学を卒業し、いまの仕事をはじめた
それだけのことがあっても、なお、
ロンドンに立つわたしの心持ちはあの日のままだ

笑い飛ばしてゆこう
強い気持ちさえ持ち続けていれば、
たいていのことは、きっとなんとかなるはずだから