羽田から15時間、東まわりに飛び
降り立った朝6時半のロンドンは、快晴だった

いつもの貸しアパートで、
スーツケースを開けて整理を済ませ
さっそく光のなかに出ていく
この町でのこの天気が貴重なことは、
わたしなりに、身に染みてわかっているつもりだ


用事を終わらせて、空いた14時までの時間
迷わず公園へ行くことにする
手元にある時間に合わせて、
散歩にいい緑地や通りを、瞬時に、自在に選べるのが
ロンドンのいいところだ

きょうは、プリムローズ・ヒルから、
リージェンツ・パークの西側まで歩くことにした
すこし余裕があるときの、とっておきのコース

 

 

リージェンツ・パークでは
水仙が、まだあちこちで咲いていた
春の訪れを告げる花

今朝は冷えたけれど、冬はもう去っているのだなと
きゅうに心ぼそくなって、
A・A・ミルンの詩を口ずさむ

‘She wore her yellow sun-bonnet,
She wore her greenest gown;
She turned to the south wind
And curtsied up and down.
She turned to the sunlight
And shook her yellow head,
And whispered to her neighbour:
"Winter is dead."’

この詩の繊細さがわたしは好きだけれど、
冬の澄んだ空気を味方のように思っているわたしにとっては
春の無邪気な恐ろしさを凝縮したような一篇でもある


春のリージェンツ・パークの記憶のなかで
わたしは、ほとんどいつも、ひとりだ
当然のことで、この季節、大学はレポートと試験の期間だから
友人とそとを歩くということが少なかったのだった

観測史上いちばん雨が降ったという暗い四月も
どこかが壊れてしまったような暖かさの四月も
思えばここで越えてきた
寮やアパートの部屋で、図書館で
そして、ときどき息を吐くために歩く、
大学からすぐのこの広い公園で


変わらない春の風景のなかに、きょうもひとり
池に潜る鳥たちを眺め、芝と泥の匂いを吸い込む

頭のなかに、風が通ったように感じるのは、
ここで過ごした四月の経験のおかげだろうか

 

その後、さっそく訪ねたのは、
ずっとお世話になっているディーラーさんご夫婦のところだった
アンティークについて多くのことを教えてくれるだけでなく、
いつも父母のように気にかけてくれる人たち

きょうはお母さんが最初は外出していたので
お父さんが紅茶を淹れ、ティーケーキを用意してくれた
商品を見せてもらいながら、世界情勢や物価やストのこと、
最近の仕事に今回の旅程のことまで、話は尽きない

それで、いつ着いたの、と訊くので
今朝だよ、6時半、と答えると
壁掛け時計を振り返ったあと何か言いたげな顔で神妙に
元気そうには見えるけど、とだけ言うのでつい笑ってしまった
本当に、口を出すのはよくないと思っているお父さんみたいだな


そうこうしているうちにお母さんも帰ってきて、ワイワイ
いそいそと出してくれた商品の詰まった箱を見たお父さんが
それは僕も本当に知らない箱だ、VIPだね、と言って笑う
光栄だと恭しくお辞儀をして見せながら、
たとえ自分が特別なお客でもそうでなくても
この場所での3人での時間がわたしは心の底から大切なのだ、と
あらためて、思った


お父さんは、コロナで失くした人たちのことや、
当時辛かったことについても、はじめて話してくれた
だからきみにこうしてまた会えて嬉しいんだよ、
それより嬉しいことはないくらい、と何度も言うので
涙が込み上げて、返事ができなくなってしまった

9月に来るときは絶対に飛行機を予約する前に連絡してね、
ちょうど休暇で会えなかったら大変なことだから、と念を押してくれたけれど
ふたりにとっても、わたしとの時間が
特別やさしいものであればいいなと思う

どこへ向かうのかわからない世界に生きていても
きっとまた、秋に会いましょう
また、元気で