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BTタワー
わたしが通っていた大学のすぐそばにある
まわりと馴染まない、電波塔

美しくない、と
わたしの友だちのほとんどが言っていた、このタワーを
好きだと言った人がいる
Because it reminds me I'm here.
その言葉を、ここへ来るたびに思いだす


スウェーデンの北の果て出身の、エリックとは
二年生のときの、フィンランド語クラスで知り合った
最初の授業のとき、
まだ開いていない教室のドアの前にひとり座りこんでいた彼が
ハーイ、と人なつこい笑顔を向けてくれて、
とてもほっとしたことを、いまでも、覚えている

その年のフィンランド語クラスは、五人
心根が優しく、筋の通らないことを許さない、北アイルランド出身のレベッカ
メタルバンドでギターを弾く姿が格好いい、イタリア生まれのアレッシア
13ヶ国語を操り、毎日着ぐるみ帽をかぶって大学へ来る、イギリス人のマイケル
それに、エリックとわたし
わたし達は、教室の中でも外でもとても仲がよかったけれど、
ともすればバラバラになってしまいそうな個性的なメンバーで
その関係をいつもそっと、おおらかに支えていたのは
エリックの気遣いだった


いま思えば
わたしとほとんど年齢の変わらない彼は、
どんな人生を歩んで、ロンドンにいたのだろう
ここに来る前は、ウプサラでキリスト教の勉強をしてたんだ、
奉仕活動のようなこともしてた、と言っていたけれど
彼は、そこまで宗教の力を信じているようにも見えなかった

ロシア語とフィンランド語を、勉強していた理由も
家族がそういう家族なんだよ、とだけ言って
あまり話したがらなかった
もう何年も友人で、
そして最初のあの一年間、あんなに、色んな話をしたのに
わたしはエリックの事情というものを、たいして知らない

エリックは、博愛主義者で
でも、けして、無邪気ではなかった
彼が時折見せるさみしさ、ふとした言葉の重みが
わたしはとても好きだったけれど
その裏には、いったい、どんな思いがあったのだろう


エリックとは、数えきれないほどの思い出がある
一緒に散歩をしたこと、クリスマス・マーケットに行ったこと
セムラを食べに出かけたこと、誕生日プレゼントをくれたこと
ロシア語の文法でフィンランド語を喋ってしまっていたこと
雪が降っている日、サンダルで教室に現れたこと

それでも、彼のことを思うとき
いつも浮かぶのは、透徹したまなざしと
力づよいあの言葉なのだった

いまでも、連絡をとっているのに
エリックはロンドンの人、という感じがあまりに強くて
こうして話すときに、なんとなく過去形になってしまうのも
BTタワーの印象が強すぎるからなんだろうな


そこにいる、ということ
その瞬間を、その年を、流れていく時間を
しっかり汲み取りながら、過ごすということ
その意味を、彼はわたしに教えてくれた
稀有な人、稀有な友人だと、思う

わたし達が一緒にロンドンにいたのは、たったの一年
それでも、あの年に彼と出会わなければ
きっと、今のわたしはなかったはずだ

Because it reminds me I'm here.
エリックとの時間が、わたしにくれたものを
この言葉とともに、思う