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店を閉めている今週
それなりに仕事はあるものの、
だいたい、気ままに過ごしている

キラキラの入ったピンクの細い糸を巻いて、
姪のカーディガンを編みはじめた
ちょっと離れたケーキ屋さんまで歩いていったり、
いつものカフェで、積んでおくしかなかった本を読んだりした
ずっと弾いてみたかった曲の譜読みをし、
ときどき弾くのをやめて窓を開け、雨音を聴いた


ああ、仕入れが大変だな、休んでる場合じゃないな、と
内側からちくちく針でやられるような気持ちのときもある
でも、まあ、今はいいでしょう

空気を含んでふんわりしているような、時間を
とにかく、今だけは

 

ふと、ヘルシンキのある雑多な店で
よくコーヒーを買っていたことを、思い出した
わたしがフィンランド語を始めたばかり、
随分と昔に、3ヶ月弱をヘルシンキで過ごした頃の話だ

たしか、Mariankatu沿いだったと思うのだけれど
野菜やら日用品やらの店があって、
その片隅の狭いカウンターに、コーヒーを置いていた
好きなだけ紙カップに注ぎ、好きなだけ牛乳を入れる
やたら濃く、それでもわりに美味しいコーヒーで、
休憩時間に買いに行き、教室まで持っていくのが楽しみだった
大学の重厚な校舎は、ドアがやたらと重くって、
片手にコーヒーを持っていると、開けるのが大変だったっけ


ただでさえ物価が高いのにユーロ高で、お肉などが買えず、
昼食のお弁当に豆のサラダばかり作っていたようなときだったから
あの安さでなければ、外でコーヒーはなかなか買えなかっただろう
どこかが壊れたようにフィンランド語を勉強していた、
わたしの短いヘルシンキ生活を、支えてくれた店だ

白い大聖堂、坂の多い街、石畳を走るトラム
青空を飛び交うかもめ、市場に積みあがるベリー
そういうものとオーバーラップする、
ほろ苦いコーヒーの記憶


こういう、奥底に眠っていたようなことが
ふわっと映像でよみがえってくるようなときがある
以前は、それを流れていくままにしていたのだけれど、
わたしはもしかしたらこれをもう思いださないかもしれない、
それにもしわたしがいなくなれば、
記憶のなかにしかないこの映像も全部なくなるのだ、と
最近はつよく意識するようになって
スケッチに似たことをしたいと思うようになった

おもしろい話、役に立つ話をしようとすると
周縁になってこぼれてしまう類のものを
わたしなりの苦しさを内包させたまま、
誰のためでもなく、愛していたいと思うのだ

 

きょうは、もう夏という風情で
それでも、日本の盛夏と言うには風に粘り気がなく
まさに、北の国の7月のようだった

夕方、店に、自宅での仕事に必要なものを取りに行った
水曜にも来たはずなのに、
二日閉めきっていた店は、行き場のない木材の呼気の匂いがした


店と自分、現在と過去
わたしはいつも、混ぜるべきではないものを、
マーブル模様のように混ぜてしまっている気がする

適切な距離って、どれくらいなんだろうな、と
大通りと中庭に面する窓を開け放して、思った