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関西の状況があまりにも良くなく、
空き時間が増えている、わたしの店

17時でも、まだまだ明るい
その後予約が入っていないのをいいことに閉め、
ひとときの散歩へ


新緑は、きょうも
眩しいという以外に形容しようがないほど眩しい

人生の置きどころをなくしたようなわたしにも、
外に出れば、きらめきは平等にやってくる

 

カフェで仕事をして、日記を書き、本を読む
近ごろひたすらにお世話になっているカフェは、
紅茶をポットで頼めるところも
たっぷりとミルクをつけてくれるところも、気に入っている

自分が書いたものに向き合う
わたしはわたしでしかいられないことに絶望もするけれど、
だからこそ、手は伸ばしつつ、
どうしようもなく個人的なものを生んでいたいと思っている

こうして、ずっと何年も、
誰が読んでいるのだろうという日記など書いているわけだから
本当に今さらなことなんだけれど


先々月、迷っていたときに出会った、
庄野潤三の本 山の上の家』という一冊
そのなかに、実のあるものーわたしの文章作法、という短い一編があり
その柔らかさと懐の深さに、光をもらったような思いだった
素人なりに大切にしたいものが、そこにはあったから

いつものカフェで、いつもの小さなテーブルの上に
あのときこれが置かれていなければ、と
その後自分の棚にも並ぶことになった本を見て、思う
出会いが向こうからやってきてくれるようなことも、
こんな風にして、あるのだね

 

今週はずっと、夜中までマグカップの梱包をしていた
3巻入りの梱包用テープのパックを3日でまるまる使いきり、
慌てて注文するような凄まじさだった

もちろん、経営上がんばらなくてはということもある
だけどそれ以上に、ものを届けたい思いが強かった
そもそも、陶器は輸入も通販もハードルが高いわけで
いつも思いは強いけれど、今回は、とくに


厳しいことばかり
それでも、愛しているもののことなどを思って、
心を強く持つしかないのだ、たぶん

明けない夜は本当にないのか
まだ、わからなくても