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スイスの、Agmeというメーカーのコンパクト
褪せたゴールドに細かな模様
真ん中には、まるく、白蝶貝のモザイクがあしらわれている

一週間、さんざん悩みながら、
きょうまでお店に出していたけれど
ついに値札をはずし、そっとデスクに置いた


実は、自分でこれを買うことを決められた大きな理由は
鏡部分の状態がよくないことだった
傷に近いような曇りが、大きな面積にあって
使うのに問題はないけれど、どうしても目に入ってしまう

だからそもそも販売がしにくい、というのも、もちろんある
けれど、本当は、それ以上にわたしを動かしたのは
美しいこのコンパクトを、傷があるものとして、
何人ものお客さんに、何度も説明しなくてはいけないこと
いつもは当たり前にやっているそれが、耐え難い苦痛に感じるほど、
わたしはこのコンパクトが好きなのだった

ともあれ
わたしの手もとにこれがあることが、うれしい
そう思えるものに出会えるのは、
それだけで幸福なことだ

 

コンパクトを買ったのは、実に9年ぶり
よくお客さんに、たくさん持ってるんですか、と訊かれたりもするけれど
わたしのコンパクトは、ずっとひとつだけだった

ロンドンに越してすぐの頃、
Waterloo駅近くの雑然とした店で見つけた、50年代のMappin&Web
たくさんのコンパクトの中にあった、飛び抜けてシンプルなこれは
硬派でひときわ美しく、とても魅力的に見えた

それから、ずっと
このコンパクトを持ち歩かない日はない
いつでも鞄のなかにある、お守りのようなもの

不安定な苦しい日々のなかで、わたしがどうありたかったか、ということの
象徴だった、という気もする


たくさんのコンパクトを並べて売っていたあの店は
わたしのひとつの手本になった
そもそも、こうしてコンパクトを販売しようと思ったのは
あの店での経験があったからなのだ

ヨーロッパで暮らした間も、帰国した後も
去年閉店してしまうまで、わたしはその店に通いつづけた
そして閉店したときには、店主に連絡をとり、
コンパクトを含む、在庫の一部を引き取らせてもらった

すらりとして格好よく、いつでも快活で親切で、なんでも知っている
オバマ元大統領にすこし似ているLeeは
昔も今も、ずっと、わたしのあこがれの店主だ

 

ひとつめのコンパクトに、ロンドンでの日々を思うように
ふたつめのコンパクトには、きっと、
自分の店での日々を思うんだろう

たかがコンパクト、されどコンパクト
自分がとても、とても大切に思っているからこそ、
誰かの出会いを、手伝いたい

そういう出発点に
あらためて立ち戻った、きょうだった