無事に、天気予報がはずれ
妹夫婦と、送り火

今夜は、まだ月が出ていなくて
いつになく、星が、よく見えた
まだ高いところを飛んでいる、飛行機が
点滅しながら、夏の星座のなかを横切っていく


ちらちらと点きはじめた、大文字を横目に
あれがデネブ、そっちがアルタイル、それからベガ、と
星を指さしつづけるわたしに
あきれながら付き合ってくれる、妹
彼女はわたしのことを、よくわかっているのだった


しかしまた時には、銀座八丁の空がインディゴーを薄めずに塗りつけたように、ほとんど黒に近い晩がある。夏だったが、疎らな星が一つ一つ黒い空からかっきりとポイントになって浮き出で、それぞれの色が強調されてキラキラ瞬いていた。西に八日頃の月があって、切り抜いたように金色に凝っており、その光はほんの周囲の空だけに滲んでいて、よその空で見るように近くの星々を濡れ色に見せるようなことは無かった。そして空は街へ傾くにつれ墨のような黒さとなり、それとの対照で、建物の四角い白い輪郭が鮮やかにしかもひどく薄くて、所々に灯の輝いているものなどは、映画街のセットのようにさえ見えていた。
その晩私は自分の家近くで電車を下りてから空を見上げて、ここで見る月夜の景色が平凡なものに感じられ、ネオンの銀座にはやはり銀座らしい夜景があると思ったのである。(野尻抱影『東京の空』より)

一昨日、ちょうど
古本市で『日本の名随筆 別巻16 星座』という本を買った
その冒頭、野尻抱影氏の、この文章は
ずっとポケットに入れていたいような欠片を、わたしに残してくれた

満点の星空でなくても
思いしだいで、こんなに美しい印象を纏うのだな、と

送り火の今夜の星空は、
わたしにとって、紛れもない、京都の空で
野尻氏の“銀座の空”が染みたわたしは
それだけで、本当に、胸をうたれた



今年は、両親が旅行でいないので、三人だったけれど
来年は、小さい人が増えて、
もしかしたら送り火を、六人で見るのかもしれない

来年も今夜みたいに、星が見えるといいな、と思いながら
消えていく火を、惜しんだ



日本の名随筆 (別巻16) 星座

日本の名随筆 (別巻16) 星座