夏が戻ってきたような、二日間
考えごとに疲れては、文庫本に逃避
きょう読み終わったばかりの本は
巌谷國士『ヨーロッパの不思議な町』
やさしいタイトルを裏切る、歯ごたえのあるエッセイ集
巌谷國士は、美術、とくにシュルレアリスムが好きなら
知らないという人はいないだろう、という人物
わたしの本棚にも、著書、訳書が何冊もあるし
今年8月に出た、ユリイカの臨時増刊号の編集も、
素人が言うのも何だけれど、すばらしいものだった
それでも、エッセイ、というのは
これまで読んだことがなかった
単純に、氏と美術を切り離して考えたことがなかったからだ
その後二、三日しておさまったが、五十八年ぶりの大雪であったとかいう。飛行機がとぶ気配はまったくない。私はもちろんここに長くとどまることを望んでいた。「世界の首都」云々も、もうどうでもよかった。結局、私たちがある町を愛するようになるひとつの場合が、こういうことなのだろう。この町はすでに一個の人格のように、それとも一冊の書物のように、なにやらわけのわからない不思議な小宇宙の様相を呈しはじめていた。
都市というのはもともと混沌としたもので、それを読みほぐしてゆくためには、相応の感覚の振動を覚悟しなければならなかったりする。フーリエならば「情念引力」ですべてを再整理して「愛の新世界」への転身を手品のように語るだろうが、百八十年後のいまではそれも思うにまかせず、私はまだイスタンブールを覆いつくす雪のイメージの前で揺れているところである。(『イスタンブール』33頁)
引用したいところは多くあるけれど
大雪のイスタンブールについて語った、この一節
ここだけでも、この本の魅力が伝わるんじゃないかしら
理知的で緻密な文章のなかに
柔軟さとおおらかさが、しっかり根をはっている
これだけの情念を、確実な眼と適切なことばで切り取るというのは
わたしには、離れ業のように思える
そして、なにより
巌谷氏らしく、全編通して、情報量が凄まじい
なのに心地よく読めてしまうのは、力量によるところだけれど
もう、読んでいて疲れないのが不思議なくらい、
経験と、知識と、好奇心にあふれた内容なのだった
その具体性と的確さ、そして重量感には、ただただ舌をまく
巌谷國士という人物の力に裏打ちされた、圧倒的なロマン
ちょっと骨があるといえば、そうなんだろうけれど
とにかく、並の旅行記ではない
たとえば、米原万里なんかもそうだけれど
本当に旅に出たくなる本というのは、
こういう、著者本人のずば抜けた実力と積み重ねによって、
いくつもの情報の層を持たされた、厚みのあるものなんだろう
訪れてみたい町が、いくつも増えた
これをきっかけに、ほかの作品も読もうと思っているので
これから、きっと、まだまだ増える
1990年刊行、つまり26年も前の本だけれど、
もしかしたら、今年いちばんの出会い、かもしれない
- 作者: 巌谷国士
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1996/04
- メディア: 文庫
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