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臨時休業の店での仕事中
そういえば、なにか届いていないかしら、と見に行くと
ポストの底に、一枚の絵葉書

春以前、たびたびいらしていたお客さんから
大阪にお住まいだそうで、状況を思うとなかなか再訪が叶わないということ
それから、店のSNSを見て感じてくださったことなどが、
わたしへの気遣いの言葉とともに、書かれていた


仕事で大変なことが続き、すっかり参っていたので
触れたやさしさに、胸のあたりが大きく波打つ
せり上がってくる涙をぐっと抑えて
モニターの横に、葉書をそっと飾った

翳りのある、美しいコローの絵
描かれている大聖堂は、ロンドンのセント・ポールにも少し似ているけれど
ローマの風景なのだそうだ

まだ見ぬローマと
しばらく会えていないお客さんを、思う
ひとりの静かな昼

 

店を予約制にして、ふた月
お盆には、体裁だけでもいつも通りにできたら、という淡い期待も散り
毎年出張に行っていた時季が近づくにつれて
気持ちを強く持つことが、難しくなっている

もちろん、仕方のないことだとわかっているけれど
今週、来週、再来週の、
そして、三ヶ月後、半年後、一年後の多くのことが砕けてしまった今
現実を、ある程度冷静に直視しているからこそ、
自分自身の慰めの声は、届かない

目に見えて失ったもの以上に
潜在的に失いつづけているというものが、大きくて
考えるほど、打ちのめされてぼうっとする
目の前で、これまで手から零したくないと神経を尖らせていたものが
砂時計の砂のように、さらさらと落ちていく

でも、“もし、こんなことにならなかったら” なんて
もう、どこにもないから


今週、店を休みにしたのは
本当は、ウェブなどの準備をするためだった
だけど、現地と色々話をしなくてはいけない、
そしてこちらでも多くのことを調べる必要がある、という案件が次々出てきて
それに時間が圧迫され、一週間が終わってしまった

それでも、しつこいようだけれど、
こうして地道にやっていくしかない
行くことができないなら、遠くから関わる方法を考える
顔を合わせて話ができないのなら、言葉を尽くす
お客さんに自由に来てもらえないのなら、
不自由な枠内の時間で、ひとつでも多くの新しいものを見てもらえるようにする
前のようにできないものは、できない、
だからこそ、と思う


わたしは、もちろん、特別なひとりじゃない
多くの人がこうして、いわば最大限の工夫を凝らしているというのは
想像を巡らせるほどに壮絶なことだし、そこに希望もある

かと言って、皆耐えているのだからあたりまえ、というわけでもない
わたしの痛みは、やっぱりわたしだけのもので、
だからときどき自分を褒めながら、ただ必死に自分自身をやるだけだよ

 

零れていくように感じる、もうありえない未来じゃなくて
いま、ここにいてくれる人たちを大事にしたい
取引先でも、お客さんでも、
恋人でも友達でも家族でも、そう

まだ見ぬこれからが、どんな風になっていくにせよ
目の前の人と出会わなかったという道は、
もう、どこにもないのだから

 

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休みの日

お茶を淹れては
飲みながら、読みたいものを、読む
そのためだけの日が、あってもいい


遠くへ行くことができないと
つい、遠くからうちにやってきた、思い入れのあるものなどに、
いつもより熱のこもった視線を向けてしまう

3年半前、最初の仕事での旅の途中に
ミュンヘンで買ったこのマグも、然り

今年の2月
どうしても、思い出のこの店を再訪したくて
わずかに空いた時間に、文字通り走った
そのときは、こんなに必死にならなくても、
またこの町に来る機会はきっとすぐに来るだろうに、と思ったけれど
いま思えば、あのとき走ってよかったな 

 

 

数日前に出たばかりのSin Fangのアルバムが本当に好みで
同じく今月に買った米津玄師と、交互にかけている
どちらも、誰もが正解を持たないこの状況で、
内に内にと問いかけて作られた、という印象の曲が入っていて
勝手にそう受け止めているだけかもしれないけれど、胸に迫る

それはそれとして
今年は、2月にÁsgeir、4月にLaura Marlingのアルバムが出ているし
ずっと好きで聴いているアーティストのリリースが多くてうれしい


去年の夏休み、アイスランドの壮大な風景を前に
まさに、Sin Fangを聴きながら、
わたしたちも、生活も、音楽も
この土地から見ると一瞬咲く花のようなものだ、と思ったことを
昨日のことのように、思い出す

それでも、たしかに咲いている
外に出ることもほとんどない今、音楽を聴いて、そう思う

 

店は、一週間の夏休みとはいえ
わたし自身は、先延ばしにしてきた仕事をしなければいけないので
正直、いつもよりも気が重い

だけど、すでに行き倒れそうな2020年、
忙しくなるこれからに向けて、自分の時間も取らなくてはね

苦しくても、ちゃんと歩いていこう
すこしは、休んだりしながら

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失敗だらけの一日
泣きたい気持ちで、デスクに座り
自分のための小さな空間に、癒しを求める

ストックホルムから、メッセージが届く
今いちばん楽しみな仕事、新しいトレーを作る話だ

頭をスウェーデン語に切り替え
息を大きく吸って、吐いて、次へ


当初の予定では、新しいトレーは2柄
だけど今回は、小さいトレーなので
最低注文数が思いのほか大きかった

わたしは、この数でも問題ないと言ったけれど
トレーの絵を描いている、取引先で、今は友人でもある人は
2柄でも、たとえば4柄でも全体の数がこれを超えさえすればいいんだって、
なら4柄作らない?と、言ってくれた

これまでの作品をトレーにしても、いいものができるのに
新しい絵を、このために描いてくれるという
その提案をしてくれたということが、もう本当にうれしい


うちは当然、すべての商品が買切、
しかも物価の高いヨーロッパから送られてくるので
こういうときには、外からはなかなか想像もつかないであろう元手がいる
もちろん、よくあることなのだろうけれど
店の規模に対して大きすぎるリスクを頻繁に背負うのは、けっこう怖いし
ここまでしなくてもと、自分でもちょっと思う

だけど、いいものができると信じられるときは
デザイナーを100%信じ切って、迷わないと決めている
もちろん闇雲にというわけじゃなくて、
その人と、生み出されてきたものを、ずっと見ているわけだから

目の前の人を、大事に
箱庭みたいな店だけれど、
だからこそ、手の届く範囲のことをやるだけだ

 

こういう状況になってから
店について考えることが、本当に増えて
でも、書いたものはほとんど消してしまっている

わたしにとっての誠実は、誰かにとっての不誠実
じゃあ、なにをどういう風に追うのか


答えを出そうとすること自体、もうだめ、という気もするけれど
それでも、どれだけでも問い直す

薄暗い、自分の範疇で、
そうして、なんとかやっていく

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息継ぎの日曜日
相変わらずの不眠で生まれた、靄のような眠気を引きずりながら
本を読み、ピアノを弾き、靴下のつづきを編んで
2時間だけ仕事をする

先週、ひさしぶりにCDを買った
ラップトップに取り込むべく、外付けのドライブを探しているうち
つい、最近サボっていたバックアップをはじめてしまう

そうこうするうちに、もう夕方
まあ、こんな日もあるでしょう

 

恋人との電話中
ふと、ふたりでブライトンに泊まったときのことを思いだした
一月の末でとても寒い日だったけれど、夕暮れの海岸は美しく
泊まったB&Bは、地元の食材を使った朝食がとても美味しくって
Mr. Wattsという名前の猫がいた

彼にその話をしたら
『猫になりたい』を口笛で吹いたので、驚いた
あの朝、彼がかけて口ずさんでいた曲
もう8年半も前のことなのに、覚えているものなのだね

彼の口笛は、澄んでいて、軽やかで
思わず、じっと聞き惚れた


あれから、一度だけあのB&Bに泊まったことがある
Mr. Wattsは健在で、わたしのフィッシュ&チップスを虎視眈々と狙うので、
人間の思う猫を地でいくなあと、可笑しかった

年に三回、四回、仕事でブライトンは訪れていたけれど
毎度日帰りなので、この三年、Mr. Wattsには会っていない
こんなことになるなら、会っておけばよかったと思う
後悔というのは、いつだってこんな風だ


なにもかもが落ち着いたら、なんて
まだ、想像もつかないけれど

きっと、いつか、と
親しんだ街と、遠くにいる猫のことを、思う夜

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重い気持ちと身体に
セールで買った、明るいブラウス

きょうの京都は、36度もあるらしく
冷房が入っているわたしの部屋も、暑い
止まない蝉の声は、耳鳴りのようで
自分の内側から聴こえてくるような気がする

 

Des Petits Hautsというメーカーは
ずいぶん前に、ポーランド出身の友人に教えてもらった
彼女は、シャツにジーンズなど、すっきりとした服装を好んでいたけれど
このフランスの会社のガーリーなカットソーやブラウスを時々着ていて
それが、とてもすてきだった

その当時は、オンラインショップがなく
ロンドンでも取扱店舗が少なかったので、
パリに出かけるたび、店へ行くのを楽しみにしていた
その後、わたしにはもう可愛らしすぎるのではと
なかなか手を出すことができずにいたけれど、
この2年ほどでまた対象年齢が上がって、着られるものが増え
わたしが出張で寄るセレクトショップも、次々と取扱をはじめた
いやいや、数年でこんなに変わるものなのだね


それでも、いつまで経っても
このメーカーの洋服に袖を通すとふと思い出すのは、友人のこと
わたしと同じ学科を、Film Studiesとのダブルメジャーで卒業した彼女は
スウェーデン語は全部忘れたとあっけらかんと笑い、
いまは故郷のワルシャワで、ドキュメンタリーを撮っている

今年の5月に、卒業式ぶりに会えるはずだったのにな
本当に、本当に残念
まあ、お互い生きてさえいれば、また会えるのでしょうけれど

 

永遠に終わらなそうなデスクワーク
あまりにやることが多いので、
ミスをしないようにと、ずっと緊張しているけれど
着るものはわたしに、鮮やかな色と、遠くへの繋がりをくれる

毎日に、意味などなくても
ささやかな、喜びを

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新しい取引先が、決まった

穴があくほど、ウェブの画像を見て
自分で触れて使ってみるべく、実物を取り寄せた
慎重に慎重に考えていたはずなのに、
ものを見たら、結局即決だった

わずか数時間で話が進んで
ひとまず来週、はじめてのオーダーをすることに
イギリス外の取引先は初めてらしく、不安もあるだろうけれど
一緒に仕事がしたいと、言ってくれた

こんなに幸せなんだなと、思う
また、新しい出会いがあったこと
長い付き合いになるだろう人たちが、また、増えたこと


実は、現行デザイナーでは
最後に取引先が増えたのは、去年の11月
その交渉をはじめたのは、9月だったから
こういう出会いは、それ以来だったことになる

今年の1、2月の出張のときは、
心ひかれる品はあったものの、決めきれなかった
そのまま、この苦しい状況に突っ込んでいったので
とにかく、すでに取引をしている人たちとのことで精いっぱいで
出会いを期待する余裕はなくなっていたように思う

梅雨が明けた日、盛夏のはじまりに
やっと見えた、光

 

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恋人が、店の三周年にと贈ってくれた花
誕生日も記念日も、とくに花というわけではないのに
この日には毎年しっかりアレンジメントをくれるのが、
誰よりわたしの仕事を大事に思ってくれている、彼らしい


わたしの仕事は
つねにお客さんから評価を下される
自己肯定感なんて、よほど心を強く持たないと
すぐに消え失せてしまう

彼は、わたしの
知識を資本に、地に足をつけて、という目標を
誰よりわかってくれている人だ
そして、それをちゃんと実践できている、と
認めてもくれている


今年も違う内容のメッセージカードを読みながら
彼がわたしの人生に居てくれることを、
しみじみと、ありがたいと思った

ずっと、この花が
枯れなければいいのにな

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毎日飲んでいる薬が、ついに底をつき
3月半ば以来の通院

無事に薬を受け取って
大通りとは反対の方向に、歩く
その病院がある辺りには、まだ、
ちらほらと昔からの田んぼが残っている

夏の稲が好きだ
青々として、風が吹くと波のようで


水の入った田んぼに寄っては、アメンボを捕まえていた、
そんな思い出が、ふとよぎる
わたしが育った地域も、当時は田んぼや畑が多かったのだ

忘れたいことが圧倒的に多い、子ども時代は
長年念じていたせいか、もう記憶が曖昧で
それでも、あちこちに寄っては花を摘み、昆虫を捕まえ、
歩きながら本を読んでいた帰り道だけは
とても、鮮やか


茶店の前を
後ろ髪を引かれに引かれながら、通り過ぎる
お客さんと接する仕事をしているわたしは、今でも、
持ち帰り以外では、飲食店へ行っていない

古本屋は寄ってもいいかしら、と半年ぶりに行ってみると
開いている時間のはずなのに、休みだった
ものすごく落胆して、
そんな自分に、ちょっと驚く

いつもの生活は、遠い
ずっと、遠いまま

 

実はきょうで、店を開けてちょうど三年
友人達や、内装をやってくれた家具職人さんが連絡をくれて
覚えていてくれたりするのだなあと、感激した

いまさら、という感じだけれど
この場所を見つけた日から、たくさんの人に出会って
ずっとエネルギーを切らすことなく、全力を傾けてやってきた
それ自体、結構すごいことだという気がする


わたしひとりが、綱渡りのような状態だと知っていた
直近では、今年の三月などもだけれど、
そういうことが、思い返せば何度もある
ここがまさに岐路なのだと口にしても、誰にも伝わらず
どんどん追い込まれていき、ただただ孤独だった

でも、たとえば東京にいた頃に働いていた店の状況だって
わたしは、ずいぶん余裕があると思っていたけれど、
経営者である上司は、綱渡りだと言っていた
今ならどういうことだったのかも、彼の気持ちも、よくわかるんだよ
わたしもわたしなりに、成長しているということか

わたしが、店が、いまここにあるのは
たまたま、可能なかぎりの手を打つことができて
賭けをした結果、たまたま、よい方に転んだから
そのことをちゃんと忘れずにいたい


全部を賭けるには、小さな店は不安定すぎるものだけれど
それでも、こうしてやっていく

三年間
わたしと一緒に、なんとか時間を越えてくれた店を
愛しく、大切に思っている