フィンランドの、どこかの地方都市
わたしは、ディーラーのだだっ広い倉庫にいる

電車の時間まで、あと1時間
山と積まれた陶器をかきわけ、
自分の店によいものを、見つけだす
近くでは、わたし以外のバイヤーも作業をしていて
その人が選んだものも、内心気になる


美しいティーセットを見つけた
フルセットで2000ユーロ
とてもじゃないけど、手がでない
でも、あまりに美しく、どうしても諦めがつかない

電車が行ってしまう、と時計を見た瞬間
なぜか、ああこれは夢なのだ、と気がつく
水底から浮きあがるように、
もがいて、眠りから覚めた


リアルすぎる夢
意識の奥底で、ずっと仕事をしているからだろうか

最後に、なにも考えずに休んだのは
いったいいつだろう

 

言葉が出てこない状態が
あいかわらず、続いている

きょうは、スウェーデン語の先生と会ったりもしたけれど
まあ、やはりというか、こちらもダメ
こういうときは、ある程度以上話せる言語は
たいてい全滅なのだ


らくな単語だけで、適当に、
ごまかして喋ってしまっていることに気がついて
いったん黙り、胸の奥にぐっと力を入れ、
また話しはじめる

ごまかすと、絶対にうまくならない
だから、ごまかさないこと
それだけを自分に課している

 

 



帰り道に選んだのは
Moln、“雲”という曲

Lugna glida de fram
För att slutligen lugnt dö
Sakta lösande sig
I en skur av svala droppar

静かに流れていった遠くの雲が
つめたい水の粒になって、消える
歌詞の美しさを、
すべてがグレーがかったきょうの風景に、溶かす


スウェーデン語の響きは
ガチガチになった頭を、そっとほぐしてくれる
どんなときでも、そう

自分のなかに、いくつも言語があるというのは
結構、いいことなのかもしれない

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身体から、言葉がぜんぶ流れ出ていったように
なにも話せなくなる時期が、ときどき、来る

なんの前触れもなく
自分のなかの言葉が消える
こういうときは、程度の差はあれど、
どの言語もだめ

とりあえず、読むものを調節したりして
なんとかやり過ごす
いつも、そう

 

メロウな春
なにが正しいのか、わからなくなる
この季節の京都は、
爆発的ではないにせよ、静かに狂っている

桜、山躑躅木蓮、石楠花
花は、わたしの意識を、
ここではないどこかへ連れ去ってくれる


春が好きだ
なにが正しいのか、わからなくなるから

言葉が出ない
口に出せない、出したくないことが多い、わたしには
救いのようにも感じる

 

 

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ちょうど、お客さんが途切れたとき
再配達をかけていた荷物が、届いた

ずっと待っていたノートかと思ったら
片手で簡単に動かせるくらいに軽い
だとするとなんだろうと首を傾げながら、開けると
先月オーダーしていたポーチが出てきた

追跡番号を教えてもらうどころか
送ったとさえ聞いていなかった荷物
無事に届いてよかったと、苦笑する

まあ、わたしの仕事は
いつもこんな感じ


その10分後
今度は本当にノートが届き
胸をなでおろす

このノートは
うちの店史上、もっとも時間のかかったオーダーだった
直接会って、扱うことを決めたのが、12月の頭
昨年中に話を詰めたかったのだけど、
先方が忙しくて1月半ばまでまったく先に進まず
その後も、海外との取引経験がほぼない方なので、ずいぶん話し合い
ようやく注文を決めてからも、予定より長くかかった


そんなわけで、さすがに、気をもんでいたのだけど
届いたものを見たら、吹き飛んだ
一枚一枚違う、マーブルの表紙
いかにも丁寧に製本され、ぴっちりとビニールに入れられていて
角が折れないように、箱にもしっかりと詰め物がされている
完璧な仕事だ

どこからどう見ても特別なノート
価格が、わたしがどれだけ頑張っても高いので
きっとたくさん販売できるものではないけれど
作った人の誠実さが、
大切に使ってくれる人たちに、まっすぐ届けばいい

 

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ポーチも、取り扱い店舗の少ないmade to order
こちらもとても良い出来で、ひと安心

グラフィカルな布を作っている、ロンドンの会社
ずっと好きで、扱いたいと思っていたけれど
いちばん小さなものがクッションだったので、諦めていた

それが先々月、インスタグラムに
こういうものも作れるよ、とポーチの写真が上がり
これ注文できるならわたしが欲しいわ、と、オーダーを即決

まあ、わたしの仕事は
ときにこんな感じ

 

淡々と過ぎるようでいて
さまざまな色の毎日

“好きなものに囲まれて仕事ができていいですね”と
簡単に言われることに、ずっと違和感があった
いまでも、やっぱり
好きなものを好きでいられるように仕事をするというのは
難しいし、繊細な調節が必要なことだと思う

けれど、一方で、素直に認めなくちゃいけない
美しいものものとともに
こうして仕事ができる幸福よ


あしたは土曜
さて、どんな日になるのかな

祈るような気持ちで
それでも、軽やかに

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最近知った、すこしだけ遠くのパン屋さんで
パンと、おやつと、なつかしいカフェオレを買い
つかの間のお花見

ルノアールの絵のような空を
鳶がすうっと飛んでいる
とっくに桜も咲いているのに、変だけれど
ようやく、いよいよ春だ、という気がする

落ちていた八重桜の花を
拾いあげ、つまんだまま歩いた
なんでもない、美しい昼さがり

 

真新しい糸玉から、糸を引きだし
テレビ番組のクイズに答えながら、ゆるゆる作り目
デンマークの白いコットン糸は
半袖のカーディガンになる予定だ

これが編み上がるころには
春は、とうに終わっているだろう
そう思うと、すこしだけ焦りもするけれど
時間の流れとともに、出来上がっていくものがあることに
安堵も、覚える

いま、編み物は、わたしにとって
流れる時間を、自分のなかでほんのすこし形にする、
もっと言うと、時間を時間ではない形にする、
そういう手段のひとつなのだと、思う


“すべてが狂気であると考えれば、
時間ははっきりと確認できる唯一の概念だと思います。
時間も空間も知覚の概念ですが、
時間のほうが知覚できる概念だと思っています。”
サガンの言葉を、ふと、思いだす

わたしは、いつになったら
時間という概念に、抗わずにいられるようになるのだろう

 

ともあれ、呼吸をととのえて
静かに、明日へ

あと2週間もしないうちに
わたしにも、ゴールデンウィークがやってくる

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給湯室の流しで
花瓶から、花の束を取りだす

乾いた花びらがざあっと落ちて、ばらばらと散らばり
えっ、と、思わず口にした
心臓をつかまれるようなかなしさがやってきて
すぐに、今度は、美しさに見とれる

日常は
無数の、ドラマティックな一瞬からできている

 

仕事のものが4つ
プライベートのものが3つ
まったく別の時期に頼んだものがたまたま重なって、
合計7つの海外からの荷物を待っている、今

これはリスボン、あれはバルセロナを出たところ、
こっちはロンドン、あっちはライプツィヒでトランジット中
追跡をすると、そんな情報が出てきて、
白昼夢を見ているような気持ちに


ちょっと唐突だけれど
ゲーテとカーライルの書簡集の
なにげないお礼のやりとりを、わたしは愛している
どんなものが、どんな風に届けられたのか
そういうことの記録になっているからだ

彼らの時代には、手紙や贈りものは、
もちろん、すばやく届くものではなく
ゆっくりと旅をしてくるものだったということが
言葉で、実感をもって、伝わる


当たり前だけれど、今でも
ものは、たくさんの人の手を伝いながら
人間のように、遠い遠い空の道を、飛行機に乗ってやってくる
いつだって人間と同じ速度で、移動している

それだけのことが、なんだか、
最近は愛おしく思えたり

 

まあ、でもそもそも
わたしの店にあるもののうち、たくさんのものが、
わたしと一緒に移動してきたのですよね

もちろん、ヴィンテージのものだって
数が半端ではないので、現地で買い付けても一部は送るし
日本にいながら、ディーラーさんとやりとりをして、
送ってもらうこともある

それでも、わたしは
毎度、大きな荷物2つ、小さな荷物2つを抱えて
よろよろとヨーロッパから戻ってくる
勿論、送料がかかると商品の価格を上げなくてはならず、
どうしてもそうしたくないというのもあるけれど
やっぱり、それだけのことでもないんだよ

結局、いつも
わたしはそういうことを大事にしたくって
そういう風にしかできないのかもしれないな

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休みの日

ソファで、音楽を聴きながら
本を読んだり、編み物をしている時間が
やっぱり、いちばんほっとする


姪の夏用カーディガンは
仕事の合間を縫って、9日で編み上がった
自分の成長を感じるこのごろ

技術も速さもまだまだだけれど
ほしいものは編む、と
躊躇なく言えるようになりたいな

 

 

 

ロンドンへ行く前の冬
東京の部屋で聴きに聴いた、Diane Birch
その後、自分のライブラリで冬の定番になり、
ルンドのカフェなどでも、よくかかっていたので
Bible Beltは、思い出の一枚になった

最近は、2016年の
Nousというアルバムを、よく聴いている
それぞれの曲も、構成も、なかなか渋いけれど
ほんとうに、美しい一枚だと思う

 

ちいさな風景を、そっと包む
そういう音楽が好きだ

部屋の灯りを、カップの中で揺れる紅茶を、
窓のそとの雨を、加湿器が吐き出す蒸気を
スピーカーから流れる音楽は、
無数の、粒だった記憶にしてくれる


移動が多くても、寂しくないのは
音楽と、それぞれの曲にまつわるものを
いつも連れて歩いているから

きょうの風景が
どんどん過去になっていくのも
そう考えると、すこしは怖くない、気がする

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編み物、スウェーデン語、それから仕事
三本立ての水曜日

先生と会ったりするのは、毎週ではないにせよ
趣味だらけで忙しいなとは、思う
それでも、どれも諦められなくって、
全部に、力を注いでいる

ただ諦めないだけといえば、そうなんだけれど
それが、わたしには大事

 

編み上がったセーターを
先生たちに、見せた
素敵だとほめてもらって
目が整然としてる、と、笑ってもらえて
なんだかうれしかった

整然とした仕上がりになるのは
技術というより、性格の問題だと思う
編み物でも、わたしは細かく、真面目一辺倒
つまらないといえば、つまらない特性だけれど
こうしてプラスに働くことも、ある


わたしに編み物を教えてくれている先生は
最初から、わたしのこの性格を踏まえて、
褒めたり、元気づけたり、笑い飛ばしたりしてくれた
早い段階で、もう何でも編めるよと言ってくれたし
失敗するたびに、どうしようと眉を寄せるわたしに
見た目が変にならなきゃ大丈夫よ、一段くらいいいのいいの、と、
さっぱりと明るく声をかけてくれた

わたしは適当やからなあ、と先生は笑うけれど
編み物のことにとどまらず、
お話していると、すこし、肩の力を抜ける気がする
先生が先生で、本当によかったな

 

仕事に行くまえに
ちょっとだけ、散歩
まだ、並木の桜は三分か五分咲きくらいだけれど
大通り沿いの大きな木は、しっかり咲いていた

身体の様子はあいかわらずで
日々、満足な状態にはほど遠い
けれど、だからこそ
できる範囲には、きちんと手を伸ばすこと


今年は、桜が咲かない咲かないと、気にしていた
たぶん、ほとんどの木が、遅かれ早かれ咲くのにね

週末こそは、すこし
お花見ができるかも

それを楽しみに
今週も、お店に立つ